エコとパッケージデザイン

デザインの現場訪問 第2回

荒木志華乃デザイン室(2011年3月)

「ありがとう」の心を伝えるギフトパッケージ
製造、デザイン、販売を貫く「省くべきものを省く」商品づくり

90年の歴史を持つ老舗菓子ブランド・長崎堂の4代目となる荒木志華乃さん。菓子屋として「美味しいもの」を、経営者として「継承できるもの」を、そしてデザイナーとして「美しいもの」を追求し続けています。現在は荒木志華乃デザイン室を主宰し長崎堂の商品開発の根幹を担うほか、企業のデザインワークや企業コンサルティングでも活躍しています。今回は環境問題を中心に長崎堂のパッケージデザインの考え方と取り組みについて伺いました。


●商品への「思い」をかたちに
荒木さんの事務所があるのは、地下鉄心斎橋駅近く、若い人で賑わう南船場にあります。長崎堂の商品開発本部として、総勢7名のスタッフが日々奮闘しています。
「パッケージデザインはもちろん、店舗デザイン、ディスプレイに至るブランディング構築から、販売戦略や販売員の指導まですべてがここの仕事です。商品そのものは長崎堂の工房でつくっていますが、どういうものをどういう形で、どう売っていくかについてはここで考えています」(荒木さん)
営業戦略や販売計画を担当する長崎堂のマーケティング本部や製造をする工房と密接に連携を取りながら、商品開発のほぼすべてを担当しています。その根底にあるのは常に「美味しいものを美味しい時に食べてほしい」という商品への思いだと言います。
「やっぱりいちばん美味しいのは、つくりたて。野菜や魚のように、いちばん新鮮なところを味わっていただきたい」(荒木さん)
ギフト用菓子といえば、配送できると考える方も多く、業界としても物流にのせやすいように日持ちさせるのが当然となっています。その中であえて、食べ頃にこだわるのも「菓子の本当の美味しさ」を提供したいという思いからのことでした。


<長崎堂 手提げ袋> 再生紙を使用、原紙の売り上げの一部は森林基金に還元される

●つくりたてを届けたくて
ブランド<黒船>の立ち上げに際しては、できたその日に提供できるよう、製造・営業・販売などあらゆるシステムの改革に踏み切りました。
「もちろん、会社的にも物流的にも営業戦略的にもものすごく厳しい決断でした。でも、それが難しいというのは販売側の理屈ですよね。クッキーのようにもともと日持ちするものならば一定の流通で問題ありませんが、それは販売側の勝手な理屈。お客様の視点で見れば、そんなことは言っていられないはずです」(荒木さん)
まさに画期的な試みでした。生産から店舗まで一貫して展開する企業体制があってこそ実現できたのも事実ですが、長崎堂の代表を務めるご主人との密接な連携に支えられた菓子へのこだわりがいちばんの原動力と言えるでしょう。
取り組みを始めて7年、今では日配品の感覚で在庫を持たず、365日最長19時間体制を確立しています。<黒船>のコピー「つくりたてをつくりたくて」は社是としてスタッフの中にすっかり定着しました。
当初は配送不可に難色を示していたお客様も徐々に理解を得られるようになり、店頭でも手土産を前提に求めるお客様が定着、売り切れる前にと予約してくださる方も増えたといいます。


<黒船のコンセプト> つくりたてを、つくりたくて

●語らずして心が伝わるパッケージを  
「何かの記念日に物を贈るのって、贈る方も贈られる方も嬉しいことですよね。人と人とが触れ合う機会として、ギフトは絶対になくならない。もしかしたら世の中が殺伐とすればするほど贈り物文化は深くなっていくようにさえ思います。」(荒木さん)
贈り物をしたとき、言葉を語らなくても語ってくれるものがパッケージだと荒木さんは言います。「口にしなくてもありがとうが伝わる、それがパッケージの真髄」だというのです。だからギフトは贈り手に代わって言葉を伝えるにふさわしい姿と中身をと考えている、と荒木さん。「ありがとう」の気持ちが伝わるパッケージと、「手づくり」「無添加」「美味しい」と書くまでもなく、そういう菓子だとわかる長崎堂を目指しているそうです。
贈る人の気持ちに嘘がないことを伝えるためには、嘘がない美味しさを提供しなければならないといいます。美味しくなかったらいいデザインもできないし、お客様が幸せになるものしかつくらない、という言葉に商品への深い思いが伝わってきます。
「ギフトは贈り手となる買う人も、貰う人も感動させなければなりません。しかも贈られた人からまた別の方へと贈られる場合もあるんです。ですから誰に対しても喜ばれるものになるようにと考えています」(荒木さん)

●しきたりの中に見出した合理性
だからこそ、一概に省略してしまえない大切なものがあると言います。
「たとえば日本に昔から伝わる“しきたり”もそのひとつ。熨斗紙とか、4という数字を避けるとか、ひとつひとつの約束事が贈る人の心遣いを伝えています。これは日本にしかない文化で、過剰包装だ、環境配慮だと無闇に排除するべきではないとも思います。まずはそこにどんな意味があるのか、由来が何なのかをしっかり理解したうえで、何を残し、何を省くか判断することが必要です」(荒木さん)
本来の格式高い贈答の仕方を学んでいれば、どう簡略化していけば失礼にあたらないかを知ることができます。着物に略式の着方も、お茶の略式のお手前も、きちんとベースができていてこそ生きるもの。基本を知っていれば崩し方もわかります。
もちろん、古い文化には厳しい規律など苦しい部分もあります。荒木さん自身もお茶や日本舞踊を習うようになって初めて面倒臭く思える一連の所作に美学や合理性があることを学びました。
「しきたりの中には数学の公式のごとく絶対的な理に適った美学が秘められているんです。それを知ったうえで調整していくと、いらない邪念が省かれて、もっともっとシンプルで美しいものになるような気がします。そういう方式を身につけていくのが、これからの私の課題です」(荒木さん)


<長崎堂 復元カステーラ> 杉箱+和紙掛け紙+真田紐

●本当に伝えられることは一つだけ
シンプルであることは無駄がないこと、これは間違いなく環境につながるような気がします。そういえば、荒木さんのデザインした<黒船>も非常にシンプルなデザインでした。ロゴのみで、余計なものを一切排除したかに見える表現は、まさに無駄を省いたと言えるもののように思えます。
「<黒船>は、ブランディングしようという意識はなかったんです。新聞紙にガサガサっと包んで売っている街のお肉屋さんのコロッケが評判になるような感じで、味だけで知られていく店にしたかった。「美味しい」ということだけ伝えたい、だから特に絵も色もいらなかった」(荒木さん)
<黒船>という名前も、創業当時からあった商標で「黒船伝来の、そのままの味」という意味が込められている、会社の原点ともいえるものでした。かつて海外から伝わった文化に日本人がビックリした、今度は日本の文化を海外に、という志も秘められています。
「結局は表面的な個性ではなく、いかに学んだか、いかに考えたかが重要だと思います。それを積み重ねて表現に集約するのがデザインです。でも、ひとつのデザインで本当に伝えられることはひとつだけだと私は思います。言いたいことを一つ、それをなににするかです。それが<黒船>の場合は、<黒船>だったわけです」(荒木さん)

●無駄を出さない、を徹底して
こうやって話を伺っていると、一概に環境だから省けばいい、ということで正解は得られないことを痛感します。
「でも、包材だけが環境対応ではないはずです。確かに包材の節約や転換で環境対応するのは難しいかもしれません。視点を変えれば、いろいろな形で環境にやさしくなれることがたくさんあると思います」(荒木さん)
それが徹底的に無駄を排除した長崎堂ならではの生産システムでした。間違いなく捌ける数を計算し、売れ残りを絶対出さない。円滑な流通は余裕ある在庫を持つことによってではなく、状況に合わせて臨機応変に補填できる製造体制によって実現し、在庫あまりによる廃棄処分を発生させない。必要なものを必要なだけつくれば、結果的に損失分が減りコストも抑えられます。さらに、カステラの端の切り落としはラスクに、型抜きして残った生地は練り直して活用して使い切ることで、原料の廃棄を出さないよう徹底しました。
「無駄を出さないことは、ひとつの究極のエコではないか、と思います。製造から販売までを一貫して行う当社だからこその環境対応ですね」(荒木さん)


<長崎堂 カステララスク>


<長崎堂 お徳用ラスク>

●環境対応の知恵を貯めよう  
ドキッとするような、根本的な指摘でした。とはいえ、ここはフリーランスのデザイナーにとっては踏み込むことが難しい部分です。フリーランスの場合、やはり包材に関わる部分でどう環境対応していくかに限られます。しかも、現実問題としてメーカーに提案する機会は少ないし、なかなか言い出しにくい部分もあります。
「私自身はどんどん提案してくださる方と仕事をしたいですね。会社の根底まで一緒に掘り下げてくれる方と仕事をしたいし、そういう方でないと長続きしないのも事実です。もちろんデザイナーだけでなく包材メーカーからもどんどん積極的に提案して欲しいと思っています」(荒木さん)
ただし、そのためにはクライアントを説得できるだけの知識があって、逆に教えることができるくらいに知恵を貯めていて欲しい、とのこと。それは確かにその通り。自分たちももっともっと勉強しなくては。

「イメージだけではエコにはならない。肝心なところに無駄がいっぱいあるようでは嘘だと思います。まずは環境の本質ってなんだろう、と考えるところから始まるのではないでしょうか。ようやくメーカー側にも環境に対する意識が生まれてきました。デザイナー側の意識もこれからはどんどん強まっていくと思います」(荒木さん)

後半は、長崎堂の黒船カステラとお茶をいただきながら。美味しいお菓子と興味のつきない話題で、心もお腹も大満足の約2時間となりました。どうしても包材だけに焦点を合わせがちになる環境対応について、「無駄をしない」という根源的な部分に立ち返ることのできた取材になったように思います。荒木さんはじめ、荒木志華乃デザイン室の藤田亮さん、ありがとうございました。
(調査研究委員会:秦 智子、小阪ゆき)
<訪問:2010年11月>

参考情報 (長崎堂グループの関連サイト)
■長崎堂 http://www.nagasakido.com/
■黒船 http://www.quolofune.com/
■然花抄院 http://zen-kashoin.com/

■付記
この原稿を作成している間に「パッケージデザイン大賞2011」の審査結果が発表となり、荒木志華乃デザイン室の手になる「然花抄院」のパッケージが大賞に選ばれました。おめでとうございます。


 


>>> デザインの現場訪問 第3回

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