Vol.105「著作権・裁判例で引用と認められたケース」
今号は、他人の著作物の利用が「引用」として認められた場合の裁判例として、次の2件が紹介されています。
2.<絵画鑑定書事件>の控訴審判決について
まず、著作物<脱ゴーマニズム宣言>の控訴審判決では、引用が認められ、第1審の東京地裁判決の引用の要件をそのまま採用した上で、一部分に「同一性保持権」の侵害があると判断されました。
次に、前々号(Vol.103)で取り上げた<絵画鑑定書事件>の控訴審判決では、絵画の鑑定書に添附するカラーコピーを作成し使用することは「引用」として許されるとしました。 詳しくは本文をお読みください。
この2つの裁判例のそれぞれに於いて、引用としての利用に当たるか否かの判断のためには、どのような事実が「そこ」にあったのか、「それ」をどう考慮したのかが具体的に解説されています。
(2018年9月3日 編集・文責:デザイン保護委員会 担当 丸山 和子)
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情報発信
他人の著作物を「引用」として利用が許される場合について
弁護士 小畑 明彦 (第二東京弁護士会)
前々回(Vol.103)は、著作権法上、どのような場合に「引用」として他人の著作物を利用することが許されるのか、について、これまでの裁判例を踏まえて解説しました。
今回は、裁判例で実際に他人の著作物の利用が「引用」として認められたケースをいくつか見ていきます
1.<脱ゴーマニズム宣言事件>の控訴審判決について
まずは、<脱ゴーマニズム宣言事件>の控訴審判決(東京高裁平成12年4月25日判決)をとりあげます。
同判決の事案は、漫画家の小林よしのり氏(原告・控訴人)の連作漫画「新ゴーマニズム宣言」における漫画(以下「本件漫画」といいます。)のカットを、現代史研究者の上杉聡氏が、その著書「脱ゴーマニズム宣言」(以下「本件書籍」といいます。)の中に引用して当該漫画を批評したというものです。
小林氏は、上杉氏が本件漫画の57カットを無断で複製したなどとして、上杉氏、本件書籍の発行者および発行所に対し、出版等の差止めと2600万円あまりの損害賠償を請求する訴訟を東京地裁に提起しました。
◆東京地裁の判断
これに対し、東京地裁は、「引用」の要件について、前回解説した<モンタージュ写真事件>の最高裁判決(第一次上告審・最高裁判所昭和55年3月28日判決)を踏襲して
①明瞭区別性と
②主従関係(同地裁判決では「付従性」という表現をしています)が必要である
とした上で、すべてのカットについて「引用」の要件を充たすなどとして、小林氏の請求を棄却しました。
小林氏は、これを不服として、東京高裁に控訴しました。
◆東京高裁の判断
東京高裁は、「引用」の要件については東京地裁の判決を引用して同じ要件を採用しました。そして、東京地裁と同じく同要件の
①明瞭区別性があるとした上、
②主従関係(付従性)に関し、
本件書籍が、本件漫画によって表現された意見に対する批評、批判、反論を目的とし、本件漫画のごく一部を引用したもので、当該目的に必要な限度を超えて本件漫画の魅力を取り込んでいないことから、
引用された本件漫画のカットに独立した観賞性が認められるものの主従関係は失われないなどとして「引用」を認めました。
しかし、東京高裁は、問題となった本件漫画の57カットのうち1カットについては、他の56カット同様「引用」を認めましたが、同一性保持権を侵害すると判断しました。
(著作権法20条1項)。
同一性保持権は、著作物の性質、その利用の目的・態様に照らしやむを得ないと認められる改変には及びません(同条2項4号)。
※注1「題号とは、書物などの題目や見出し、表題を指します。」
同一性保持権侵害とされた本件書籍のカットは、本件漫画のカットが図1のとおり2コマ目の左に配置した3コマ目を、図2のとおり2コマ目の下に配置しており、この配置の変更が上記の「やむを得ない改変」に当たるか否かが問題となりました。
〈図1(本件漫画のコマの配置)〉
〈図2(本件書籍のコマの配置)〉
東京高裁は、
当該カットにおける3コマ目のセリフの意味は、本件書籍の図2のような配置でも、本件漫画の図1のような配置における当該セリフの意味と同じものとして理解できるが、当該カットにおいて本件漫画のカットの配置を変更したのは、本件書籍のレイアウトの都合を不当に重視して本件漫画のカットにおける小林氏の表現を不当に軽視したものであり、上杉氏らが主張する著作物の性質、引用の目的、態様を前提としても、「やむを得ない改変」には当たらず、同一性保持権を侵害したと判断して当該カットにかかる東京地裁の判決を変更しました。
東京高裁が同一性保持権を侵害するとした部分については、問題となった本件漫画のカットのレイアウトは創作性のある表現でなく、同一性保持権の範囲に含まれないとする批判がありますが、東京高裁の判決は、「引用」が認められても同一性保持権侵害となる場合があり得ることを示しているといえそうです。
2.<絵画鑑定書事件>の控訴審判決について
次は、前々回(Vol.103)でもとりあげた<絵画鑑定書事件>の控訴審判決(知財高裁平成22年10月13日判決)です。
同判決の事案は、ある画家の相続人ら(以下「本件相続人」といいます。)が、美術品の鑑定等を行う業者(以下「本件業者」といいます。)に対し、当該業者が、鑑定証書を作製する際に、当該鑑定証書に添付するため、当該画家の制作した絵画2点の縮小カラーコピーを作製したことは、当該画家の著作権(複製権)を侵害するものであると主張し、同侵害に基づく損害賠償金12万円と遅延損害金の支払いを求めて東京地裁に提訴したというものです。
◆知財高裁判決の事実認定
知財高裁判決の事実認定によると、対象絵画それぞれの画面の大きさは、1点が縦33.2㎝×横24.4㎝(以下「本件絵画1」といいます。)、もう1点が縦41.0cm×横31.9cm(以下「本件絵画2」といい、「本件絵画1」と「本件絵画2」を併せて「本件各絵画」といいます。)、鑑定証書(以下「本件各鑑定証書」といいます。)の大きさは、いずれも約19.0cm×約13.4cmで、鑑定証書の裏側に貼付された本件各絵画の縮小カラーコピーの大きさは、本件絵画1のものが16.2cm×横11.9cm(本件絵画1の原画の約23.8%)、本件絵画2のものが縦15.2cm×横12.0cm(本件絵画2の原画の約13.9%)で、本件各鑑定証書は、ホログラムシールを貼付し、裏面に本件各絵画の縮小カラーコピーを添付した上で、パウチラミネート加工されて作製されています。
本件各絵画の縮小カラーコピー(以下「本件各コピー」といいます。)は、本件各絵画を写真撮影・現像した上で、プリントされた写真をカラーコピーして作製されたものです。
◆本件業者の主張と東京地裁の判断
本件業者は、複製権侵害、故意過失を争うとともに、本件相続人の権利行使が権利の濫用に該当することと、本件各絵画の複製物(本件各コピー)の利用がフェア・ユース(※注2)に該当することを主張しましたが、
東京地裁は、本件業者の主張を退けて複製権侵害を認め、相続人の請求の一部(損害賠償金6万円および遅延損害金)を認容する判決を下しました。
※注2「フェアユースとは、著作物の利用が一定の判断基準により公正な利用であると判断されれば、その著作物にかかる著作権者の排他的権利が制限され、著作権侵害にならないとするアメリカ著作権法等における法理をいいます。」
本件業者は、これを不服として、知財高裁に控訴し、控訴審で新たに「引用」を主張しました。
◆知財高裁の判断
知財高裁は、「引用」の成否について、前々回(Vol.103)解説したとおり、
①引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、
かつ、
②引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであること、
が必要であり、引用としての利用に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない。
としました。
その上で、知財高裁は、「著作物の鑑定のために当該著作物の複製を利用することは、著作権法の規定する利用の目的に含まれる」とし、さらに、
「(本件各鑑定証書から)本件各コピー部分のみが分離して利用に供されること」や
「本件各絵画と別に流通すること」は考え難いので、
「本件各鑑定証書の作製に際して、本件各絵画を複製した本件各コピーを添付することは、その方法ないし態様としてみても、社会通念上、合理的な範囲内にとどまる」とする一方、
本件相続人等が「本件各絵画の複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどということも考え難い」としました。
そして、「以上を総合考慮すれば、控訴人(注・本件業者)が、本件各鑑定証書を作成するに際して、その裏面に本件各コピーを添付したことは、著作物を引用して鑑定する方法ないし態様において、その鑑定に求められる公正な慣行に合致し…、かつ、その引用の目的上でも、正当な範囲内のものである」として、「引用」として許されるとしました。
なお、知財高裁の判決は、「引用」として適法とされるためには、利用する側が著作物であることが必要であるとする本件相続人の主張を退け、「同法(注・著作権法)32条1項における引用として適法とされるためには、利用者が自己の著作物中で他人の著作物を利用した場合であることは要件でない」とも判断しています。
知財高裁の判決は、「公正な慣行」と「引用の目的上正当な範囲内」であることについて、様々な要素を総合考慮して判断する最近の裁判例の端緒であるといえますが、その判断において具体的にどのような事実が考慮されるのかについて、たいへん参考になるものと考えます。
以上
活動報告
9月14日(金)開催<クリエーターのための知的財産権の基礎>申し込み受付中
「法律は、デザインの何を守るのか・・・デザインは、法律によって、どのように守られるのか」を知るために、デザイン業務に関する知的財産権を守る法律と、その他の保護法・規制法の基礎を学ぶセミナーを、9月14日(金)午後6時半から8時半まで、京橋エドグラン22階の東洋インキ株式会社大会議室(東京メトロ銀座線 京橋直結)で開催します。
今回は単にデザインの侵害例を学ぶだけでなく、裁判例の判断の解説を通して、関係する法律の存在を知り、その保護する対象や保護のポイントを理解し、デザイン業務に向かい合うための基礎知識を受け取っていただくことを目標にしています。
◆参加申し込みは、下記の①~④のいずれかで受け付けています。
①上記の協会ウエブサイトから、セミナー案内をダウンロードし、申し込み票に必要事項を記入してJPDA事務局へFAX。
②メールで:協会メールアドレス宛に、件名「9月14日知財セミナー」とし、申し込み票記載の必要事項を記入して送信。
③既に、会員に配信のFAX申し込み欄に必要事項を記入の上、事務局にFAX送信。
初心者からベテランまで、それぞれの立場で興味を持って受け止めていただけるような内容ですので、気軽に参加していただけるセミナーです。JPDA会員だけでなく、D-8会員及び広く一般からの申込みもお待ちしています。
(デザイン保護委員会 委員一同)
委員会ヒトコト通信
TOKYO PACK 2018・PDP/知的財産の無料相談コーナーのお知らせ
会期:2018年10月2日(火)~5日(金) 10:00~17:00
場所:東京ビッグサイト東3ホール/パッケージデザインパビリオン(PDP)内
2018東京国際包装展(TOKYO PACK 2018)併催パッケージデザインパビリオン(PDP)内に、日本弁理士会協力による知的財産の無料相談コーナーが設けられます。この弁理士会コーナーは、前回からの継続参加となります。
この機会にぜひ、まず知財相談の第一歩として気軽に質問・相談をされてはいかがでしょう。
(写真提供:日本弁理士会)
知的財産無料相談ブースをパビリオン内に設置し、商品開発力の強化、製品に関わる創作・考案の権利化による戦略的保護などの無料相談を複数の弁理士が担当されます。
パッケージデザインパビリオン(PDP)
主催:日本包装技術協会
運営:日本インダストリアルデザイナー協会 東日本ブロック 事業委員会 PDP運営部会
協賛:日本パッケージデザイン協会
協賛:日本グラフィックデザイナー協会
協賛:日本デザイン保護協会
協賛:日本弁理士会
協力:日本デザイン団体協議会(D-8)デザイン保護研究会
◆今回は、以下30社の出展があり、JPDA会員からの参加は20社となります。
(下記一覧は、TOKYO PACK 2018 公式サイト内 パッケージ・デザイン・パビリオン より)
ジャパンシステムアート / デザインフィーチャー / アヤナスデザイン / イチ デザイン / ニックインターナショナル / ラジアン / スタープロセス / ブラビス・インターナショナル / ヘルメス / スタジオ・エ-ワン / ボンドクリエイティブ / シャーク・ジャパン / YAOデザインインターナショナル / P.K.G.Tokyo / オフィス シーダブリュエス / 佐野デザイン事務所 / アルテアエンジニアリング / ムーヴ / ハタエデザイン / 丸山デザイン事務所 / IAD / MDDクリエイティブ / ファームステッド / アルテサーノ・デザイン / ランドーアソシエイツ / つーるスタジオ / アイプラスデザイン / パットラス / GTDI / 文化メディアワークス
合計30社
知的財産 無料相談コーナー (協力)日本弁理士会
◆10月2日~4日には、午前中に知財セミナー、午後は出展者によるデザインセミナーが開催されます。
午前は各日とも、1テーマ (60分)、午後は4テーマ (各45分)のスケジュールです。
【当日受付】となっておりますので、PDP出展社展示をご覧いただいた折にはぜひお立ち寄りください。
(PDP紹介文:JIDA・PDP運営委員&JPDAデザイン保護委員 丸山和子)
引き続き、記事へのご質問・ご意見・ご要望等は下記アドレスで受け付けています。
MAIL:info@jpda.or.jp