情報の森コラム

~環境と生活の利便性について考える~「夜景がキレイすぎる!」

[エコ/サステナビリティ] 2015.6.10

人工衛星から映した地球の画像や、旅先からの帰路、飛行機から見下ろす関東近辺の夜景は、海岸線に沿って光の点が連なり眩いばかりの美しさに目を奪われる。街を車で流せばネオンの洪水。夜遊びの帰り道も街灯のあかりで不安がない。夜が明るいこととの引き換えに、星空を意識することもない。

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昨年末から正月にかけて、東ヨーロッパの古い町に家族で旅行した。 町から次の訪問先の町までの交通機関はバス便のみ。緯度が高く日が短いヨーロッパの 日没は早い。街灯ひとつない海岸線沿いの道路を、バスの前照灯の明かりのみを頼りに進んでいく。途中通り過ぎる小さな町も、民家はポツリポツリとあるのみ。寒い国のせいか窓が小さく、こぼれる明かりもオレンジ色の光がわずかに覗くだけ。商店はとうに閉まっているのか、もしくは無いのかも判別がつかない。

予定の到着時刻を過ぎても現れない町の明かりに不安になった頃にバスが止まった。うす暗いオレンジ色の街灯しかないバス停が終着だった。そこからホテルまではタクシーしか足がない。人気のない駐車場にタクシーが数台あるが運転手の姿はない。思案に暮れていると1台のタクシーの中から大勢の人が突然現れてびっくり。寒いので運転手仲間のタクシー1台に寄り集まりお客がくるのを待っていたようだ。ホテルまでの道のりもやはり街灯や民家の明かりはなく、海岸沿いの狭い曲がりくねった道を走って10分ほどで着いた。

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翌朝町へ出てびっくり。ホテル以外に何もないと思われた町は、立派な城壁に囲まれた旧市街地とその周辺に立派なスーパーや商店、土産物屋が並んでいる。食事に入った店は新年ということもあるのかも知れないが家族連れが多く、小さな子供の姿が目立ち、3世代が一緒に食事をする姿があちこちにみられる。かつての日本のお正月がそうだったなあ、と思い起こされる。観光地であっても土産物屋は早々に店じまい。数少ない、空いているレストランも地元の家族連れや友人同士、カップルたちでいっぱいだ。

そんな人たちを眺めていて自分が子供の頃のお正月を思い出した。母親はおせち料理を用意し、ふだんは遠くに住んでいる叔父、叔母、いとこも実家に戻ってくる。家族3世代が同じ食卓を囲む。開いている店や施設もないから家の中ではカルタやボードゲーム、外では羽根突き、凧揚げ。工場はお休みだし交通量も少ないからか空気が澄み渡っている。ふだんはスモッグで霞んでいる地平線近くの空も、このときばかりは遠くまで見通せ、奥多摩や秩父の山並み、その向こうにそびえる富士山の雪を抱いた山頂の稜線がはっきりと見えたものだ。
夜は夜で街灯はまだ少なく、冬の夜空は水蒸気で霞むこともないため星空観察にはピッタリの季節。天文年鑑の星座表を片手に星座探し、運がよければ流れ星を見つけることだってできた。(生まれは葛飾。三方を中川、荒川、江戸川に挟まれ、家の周りは水田と畑。東京も一地方都市に過ぎなかった時代のゆったリとした時間が流れていた)

それが今ではどうだ。夜の街に出れば24時間営業のコンビニの明かり、繁華街はネオンサインの洪水、昨年のクリスマスなどはLEDの普及によりイルミネーションがいつになく華やかに広い範囲で見られた。白熱球に比べLEDの寿命は数十倍、電力消費量もはるかに少ないかも知れないが、街を彩るイルミネーションはおそらく従来のクリスマス飾りを、数やエリアの規模で大幅に上回っていた感がある。
新年はどこのお店も元旦から営業。家族の誰かは営業中のお店のバイトやパートに出ている。開けているお店への配送トラックの運転手、終夜運行の電車の車掌さん、スーパーのレジを打つパートさん、いったいどれだけの人がお休み中も働いていることか。お正月だというのに多くの家庭で家族が揃って語らい食事する機会を失っている。

かつて僕が学生時代(今からウン十年以上も前)オイルショックのときはガソリンが当時の価格で200円にも届こうとし、ガソリンスタンドは日曜祝日休業、歓楽街の営業は夜11時まで、と国を挙げて節電、省エネルギー対策に取り組んだ。企業も生活者も共に痛みを伴う対策に協力をした。それが現在では、東日本大震災の直後こそ計画停電などの節電対策が取られたが、その後は盛夏の電力需要のピーク時ですら節電への呼びかけも対策もほとんど聞かれなかった。つい数年前までは地球温暖化で南の小島が沈んでしまう、と騒いでいたのにその話題はいつの間にか消え、京都議定書のCO2削減目標未達への危機感も問題提起もなく、メディアが取り上げることもない。
モノを長く大切に使いたくても部品の供給期間は短縮され、交換したくても部品がない。修理したくても新品を買うより高い修理代。車の保険料や税金は古くなるほどに大きく跳ね上がり、お気に入りの車を長く乗ることもできない。(やむなく昨年13年乗ってきたお気に入りの車を買い替えた)
「もったいない」のルーツ ニッポンが、夜を明りで一晩中彩り、終夜、年中、施設が営業され、利便性を享受する。まだ使えるものも廃棄し、絶えず新しいものに買い替える。外国からエネルギーを絶え間なく莫大な量を購入し、家族や友人、知人の誰かが夜や休日も働くために家を空ける。

かつて、「便利になること」イコール「幸せになること」を意味していた。今でもそれを信じている人の方がきっと多いかもしれない。でも一度立ち止まって想像してみてほしい。ジョン・レノンの歌詞のように。僕たちの上にあるのは空だけ、なにも所有せず、みんながただ平和に生きる。
夜は閉まってしまうコンビニ、お正月はお休みのレストラン、暗い街並み、クルマ通りの少ない街道。何も欲しがらず、競わず、決して怒らず、いつも静かに笑っている。(イマジンか、般若心経か、雨にもマケズ、みたいですね)
そして代わりにもたらされるものを想像してみる。
キレイな星空、澄んだ空気、静かに流れる時間、家族や友人との語らい、おいしい水、旬な地元の野菜、長く使い込んだお気に入りのカメラ、代々使われてきたテーブルや食器…。さてみなさんはどちらに幸福を感じるだろう?

今はまだ賛同してくれる人は少ないかも知れない。
まずは一人、精神的な疎開から始めようと思う。

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(記:西東)

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