デザインの権利と保護

Vol.118「意匠の類否判断について<意匠の“類似”とは>」

2019.12.10

意匠法における意匠登録要件の判断に際し、意匠審査基準では、「・・・意匠審査における客観的な類否判断を担保するために必要な意匠的特徴、すなわち、意匠の美感を形成する要素の抽出・・・」(意匠審査基準 22.1.3.1 意匠の類否判断より)との言葉が記載されています。

特許庁の審査官が、審査対象の意匠の「美感を形成する要素」を感じとるのは、 “感じる”のですから、個々の主観といえると思います。では、これを客観的な類否判断に進めていくための具体的な手法はどのようなものなのでしょう?

意匠法・意匠制度の存在目的が「意匠の創作の保護」と「新たな知財価値を生み出す」ことにあるなら、
デザイン創作に関わる立場の私達も、提案デザインの類似について客観的に見る姿勢を学ぶことで、創作者として、更に新たな価値を生み出す可能性を手にできることになります。

本号では、<意匠の類似とは?>そして<どのようにすれば、感覚的な印象を客観的な判断に進めていけるのか?>を学ぶために、長年特許庁の審査官を勤められた原田弁理士に、<意匠の類似に関する考え方>の寄稿をお願いしました。

難しいとされる「類似の概念」が、実務の経験を通して具体的・実際的に解説されています。ぜひ、最後までお読みいただければと存じます。

※<意匠の類否判断の手法>についてのセミナー報告を、前号Vol.117で公開しましたが、著者には、そのセミナーの講師をお願いしています。

(2019年12月10日 編集・文責:デザイン保護委員会 担当 丸山 和子)

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情報発信


意匠の類否判断について-意匠の類似とは-

のぞみ特許事務所 弁理士 原田 雅美 

皆さんが意匠の創作を行ったり、新製品を市場に投入したり、その知財管理を行う際、「意匠Aと意匠Bは類似するのであろうか?」と悩む機会は多いと思います。
意匠Aと意匠Bが似ていると思うかどうか感想を述べることは可能かもしれませんが、実際に意匠法上(あるいは他の知財権法上)類似する(権利侵害)かどうか判断をすることは非常に難しい問題です。

実際、私も特許庁意匠審査官、審判官として審査実務に長年携わり、そして現在も弁理士として仕事をしているにもかかわらず、「意匠の類否判断」について問われると、明確に返答することが難しいことが多々あります。

今回、皆さんの意匠の類否判断に対する疑問等に明確に答えることはできないかもしれませんが、私なりの意匠の類似に関する考え方を述べることにより、少しでも皆さんのお役に立てればと思います。

■意匠法、意匠制度の目的

意匠法、意匠制度の目的は
①意匠の創作を保護、尊重すること
②過去にはない新たな価値を生み出すこと
にあります。

したがって、本来、過去にない新たなデザインが生み出され、誰もまねをしなければ法律や制度は必要ありませんし、類否判断なんてことも無意味になります。

しかし、現実には、偶然にしろ、悪意があるにしろ、似たようなデザインが出現し、また、創作者は過大に自身のデザインを守ろうとすることが常です。
実際、意匠Aと意匠Bとが同一でない限り、必ず共通する点、相違する点が存在し、意匠Aと意匠Bが類似するか否かは、それら共通点、差異点の評価をどうするのかが争点となり、類否判断が必要となってきます。

-ところで、意匠を保護するとはどういうことでしょうか?-

それは、創作されたデザインに内在する意匠的価値の保護であり、創作的価値の保護です。
決して物品そのものの保護ではないということに注意が必要です。

実際にどのような価値をそのデザインの中に見いだすのかは極めて難しい事項であり、簡単に導き出すことは困難です。
意匠の類否判断は、結局は感覚的な問題であり、公式的客観的な当てはめはできないところに難しさがあると言えます。

-では、意匠法、意匠制度における「類似」とは一体どのような概念なのでしょうか?-

よく、ちまたで、あの人は芸能人の誰々に似ているとか、この商品はあの商品にそっくりだとかという話をよく耳にします。
この「似ている」という概念は1対1の感覚的な比較であって、人によりその概念のずれがあり、世間話的には何の害もありませんし、法律的な側面もありません。

一方、意匠法上の「類似」という概念は、権利の保護を目的とする、極めて法律的な判断で、1対1の感覚的な判断ではなく、周辺の状況を含めた解釈(資料に裏付けられた整理)であると言えます。

※1対1の比較では、「類似する」(同じように丸い)とも「類似しない」(丸と楕円は類似しない)とも言える。

※周辺意匠を含めて考察することにより、初めて意匠Aの特徴(丸く角がない)が把握でき、意匠Aの特徴と意匠Bの特徴を比較することができる。→「類似する」

一般に創作者、権利者は、自身の創作について広く類似を解釈する傾向があります。
一方、消費者や被告はそれらの権利範囲(類似範囲)を狭く解釈しようとする傾向があります。

創作者、権利者と被告が権利範囲について争うことになると、両者のみではどうしても水掛け論になって収拾できなくなることがほとんどです。
そこで、最終的には第三者、公平な立場からの判断の必要となり、特許庁審査官、裁判官に判断を求めることとなります

■特許庁意匠審査官の審査方法

-実際の意匠の類否判断はどのように行われているのでしょうか?-

意匠審査基準では、意匠の類否判断について、次のように記載されています。

◆意匠の類否判断とは、需要者(取引者を含む)の立場から見た美感の類否についての判断をいう。
◆創作者の主観的な視点を排し、需要者(物品の取引、流通の実態に応じた適切な者)が観察した場合の客観的な印象をもって判断する。

【意匠審査基準 22.1.3.1】
① 全体観察によって総合的に判断する。
② 視覚(肉眼)を通じた対比観察によって判断する。
③ 外観観察によって判断する。
④ 看者(観察者)の目に触れやすい部分は、相対的に重視して判断する。
⑤ 特徴のある部分は、相対的に重視して判断する。
⑥ ありふれた形態の部分は、相対的に軽視して判断する。
⑦ 大きさの違いは、常識的範囲であれば類否判断を左右しない。
⑧ 材質の違いは、外観上の特徴として表われなければ類否判断を左右しない。
⑨ 色彩のみの違いは類否判断を左右しない。
⑩ 観念的な類似は、類否判断の決定的要因にならない。

例えば
・特徴のある部分は、相対的に重視し
・ありふれた形態の部分は、相対的に軽視し
・大きさの違いは、常識的範囲であれば類否判断を左右しない
とされることから、以下のような本意匠−関連意匠の登録例(すなわち類似すると判断された事例)があります。

一方
同じような特徴を持ちながら、構成比率等が異なるとして別登録(すなわち類似しないと判断された事例)された事例もあります。

この場合共通する特徴点は、構成比率等の差異点よりも大きくないと判断されたのかもしれません。

結局、意匠審査基準の記載された事項も、類否判断の原則の一般論にしかならず、個別の類否判断においては、単純ではありません。

また、よくデザイナーの方等には、デザインコンセプトが共通するから類似すると主張される方が多くいます。

しかし、デザインコンセプトは実際の製品に形状として現れることはなかなかなく、例えば、以下の事例のように、同じように動物をモチーフとしたステープラーの意匠ですが、類似しないとして別登録となっています。

観念的な類似、コンセプトが同じだからといって広く類似となることはありません。むしろ具体的な形状の違いについて、そのものの意味を解釈せず比較することが原則です。

このようなことから、よくデザイナーの方から、意匠権は役立たない(デザインコンセプトが守られない)と批判を受けることになります。
審査基準の記載どおり、「創作者の主観的な視点を排し、需要者(物品の取引、流通の実態に応じた適切な者)が観察した場合の客観的な印象をもって判断する。」ことが重要でしょう。

ただし、私はこの「客観的な印象」という記述には賛同できません。印象はあくまでも需要者の主観でしかないと思うからです。

-では、実際に意匠の審査では類否判断をどのように行っているのでしょうか。-

特許庁には毎年約3万件の意匠登録出願が寄せられます。それらについて約50名の意匠審査官が審査を行っています。
以前は出願から審査終了まで2年近くかかっていた時期もありましたが、現在では約半年で何らかの通知が届くよう審査が早期化しています。市場に製品を出したときに意匠権が付与されていなければ意匠権の価値がありません。その意味で審査が早くなったことは重要です。

意匠登録出願はありとあらゆる工業製品分野から出願されます。それをたった50名足らずの審査官が審査を行うので、意匠審査では同じ分野の出願をまとめて審査を行うという「バッチ審査」という手法がとられています。
出願された意匠を1件ずつ順番に審査していたのでは、少ない人数で効率的な審査を行えません。そこで、約半年分の出願をストックして、同じ分野の出願をまとめて(約100件程度)判断を行います。

意匠の新規性や創作非容易性等の登録要件の判断には、日本国内はもとより海外の周辺資料を収集し、比較検討を行っています。

例えば、乗用自動車の審査では、1人の審査官が、半年分の出願についてまとめて過去の資料(数万件)と比較しながら、1ヶ月程度で登録要件を審査します。
このようにまとめて審査することは、出願から審査終了まで各件に期間の差が出てしまうというデメリットがありますが、審査の効率化のみならず、類否判断の平準化やデザイン動向の的確な把握等に効果があります。
意匠審査官は、担当制で、1人の審査官が2〜3年程度同じ分野を審査します。

審査官は、日々審査資料のサーチと類否判断を繰り返すことにより、類否判断のノウハウを蓄積していくことになります。それにより、出願された意匠を見たときの第一印象により、類否判断が進行するよう熟練をしていきます。

この審査官の第一印象は結構重要で、この判断が的確にできるか否かで審査の質が決まってきます。

いわば日頃大量の審査資料を検索し、類否判断を繰り返すことにより、単なる直感がより論理的な類否判断に結びついていくのです。

まさに、感覚的な「類否」という判断に説得力を持つ理論付けを日々行っているのです。

この点は、私は意匠の類否判断にとても重要なプロセスであると考えていて、皆さんが類否判断を行うときにも重要なポイントとなりますが、さすがに審査を専門としている意匠審査官と同等の作業を行うことは不可能でしょう。
意匠審査官の仕事は、いわば繰り返し作業による習熟であると思いますが、皆さんもやはり類否判断にはそれなりの熟練が必要と思います。そして、そのことが、まさに意匠の類否判断を難しく不可解なものにしているのかもしれません。事実私も簡単には類否判断について説明するのは難しいです。

しかし、審査官と同等の労力や時間をかけずとも、その考え方や手法を学ぶことにより、自分の類否判断に説得力を待たせることが可能となります。
是非、自分の直感や印象を他人にきちんと説明できるような手法や論理構成を学んでください。

■まとめ

意匠法上の類似とは1対1の感覚的な比較ではなく、周辺の状況を含めた解釈です。結論に向け、いかに説得力のある理論付けができるかが重要です。

意匠法、意匠制度の目的は「意匠の創作を保護、尊重すること。過去にはない新たな価値を生み出すこと」です。

本来、意匠法、意匠制度の目的どおり経済活動が行われるのであれば、意匠の保護を巡るトラブルは発生するものではありませんが、実際には期せずしてトラブルに巻き込まれることがあります。
模倣品と思われる製品を発見した場合、あるいは意匠権侵害の警告を期せずして受けた場合には、類似、非類似の結論に向けた理屈を構築する必要が出てきます。

-意匠の類否判断は、“説得力のある”主観的な印象です。-

主観的な印象だからといって、ただ似ていると思うと繰り返しても意味がなく、その結論に向けた説得力のある理論付けが必要となります。

そのためには、周辺資料を含めた特徴点、類否判断事例の分析が必要で、独りよがりな結論にならないよう、資料に基づく冷静な分析が求められます。(説得力ある理屈が必要です。)

最終的に司法の判断を仰がなければならない場合もありますが、きちんとした理屈に基づく類否判断がされていれば、有利に審理を運べる可能性が高いといえます。
説得力ある理屈に立った類否判断を行うためにはある程度熟練が必要です。正確な意匠法の理解と類否判断の訓練を必要に応じて行っておいてください。

そして、少なくとも自身が被告とならないためにも、他者のデザインを尊重する風土を築くことが必要であると同時に、不測の警告を受けないためには、少なくとも市場に出す製品については権利を取得しておくことが重要です。

すべての製品について権利化するのは経済的にも手続的にも大変かもしれませんが、意匠出願はなれれば自身で簡単に出願することも可能で、簡単早期に権利を取得することが可能です。

意匠出願料金  ¥16,000
登録料(1年分)¥ 8,500 (継続して権利が不要なら1年で放棄しても良い)
審査期間    平均約6ヶ月
新規性喪失の例外適用期間  公表から1年以内

出願をし、権利化されれば、その後権利を長年維持せずとも特許庁の審査で他者の意匠権に抵触していないという判断がされているので、安心して市場に製品を投入することができます。
そのような手続を経ず、警告を受けてから、対応を図ると、膨大な金額と時間が取られることとなります。

専門家(弁理士等)による鑑定 数十万円
訴訟 数十万円〜数百万円
敗訴の場合の損害賠償や差し止め 被害額未知数

皆さんも、自身の創作を保護すると同時に他者の意匠も尊重し、類否判断が必要のないような活動を行うよう努力して欲しいと思います。
それでも、トラブルに巻き込まれてしまったときには私どものような専門家にご相談くださるのも1つの解決手段になるかもしれません。

以上

 


引き続き、記事へのご質問・ご意見・ご要望等は下記アドレスで受け付けています。
MAIL:info@jpda.or.jp

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