情報の森コラム

Come sta? – イタリア車椅子珍道中 -〈後編〉

[UD/ユーザビリティ] 2012.4.21

我々の今回の旅の目的地はイタリアの踵に当るプーリアであった。行程としては、ローマから鉄道に5時間程乗って、バロック建築の美しい街レッチェまで下り、そこからレンタカーでプーリア州内を北上し、フォッジャ(ナポリ方面とレッチェ方面などの列車の分岐点になる街)から再び列車で3時間程北上してローマに帰るというもの。

ローマに着いた翌朝、我々は列車に乗るべくテルミニ駅に向かった。さて、問題は荷物を持っての移動である。車椅子での旅行の大きな問題の一つは荷物の運搬である。本来ならば荷物を持って運ぶ予定だった人が、正にお荷物になってしまった訳であるから、付添人は荷物が何倍にもなる。そしてイタリアの道はだいたいが石畳で、車椅子もスーツケースもスムーズには転がらない。駅から徒歩1分程の好立地のホテルを取っていたが、近過ぎてタクシーに乗るわけにもいかない。考えて、スーツケース2つをホテルのフロントに預けて、まずは手荷物だけを持ち、車椅子に乗った私を相方が駅まで押して行き、相方は取って返してホテルからスーツケースを2つ引っ張って再度駅へ。駅のコンコースはなめらかな床石だったので、駅構内は車椅子の前にスーツケースを1つ置き、それを私がコントロールし、相方が車椅子を押しつつ、もう片手でスーツケースを引っ張るという汽車ぽっぽ状態で目的のホームまで進んだ。ホームでは私が荷物を見張り(改札がない分、置き引きなども多く駅は危険なのだ!)相方が荷物を積んで行く。付添人は大変重労働なのだ。車椅子で怖いのは、ホームの傾斜である。日本でも駅ホームで車椅子の方の転落事故のニュースを聞いたことがあったが、私自身車が転がってヒヤッとする体験をした。歩いている時にはまるで気にならなかったことであった。

-こぼれ話-
イタリア国鉄の長距離列車はとても快適。1等車利用で料金は新幹線と比較して感覚的には半分くらい。座席は車幅に対して3列とかなりゆったりしている。新幹線には無いが、スーツケースなどの大きな荷物の置き場もある。テーブルは折り畳んだ状態で奥行き30cm、広げると60cmほどになる(向い合せの席で)。乗車するとまずは新聞のサービス(イタリア語のみ)、次に飲み物やお菓子、お手拭き等も出る(全て料金に含まれる)。最後はゴミの回収まで愛想の良いカメリエーレが全てやるので、車内はいつもキレイ!

プーリア州で最初に訪れたレッチェは、バロック様式の美しい町並みとローマ時代の遺跡が堪能出来ることから観光客に人気の街である。敵を惑わすように入り組んだ道ながら平らな街で、また旧市街は車の進入が規制されているおかげで、車椅子での観光は押し手も乗り手も割合楽であった。しかしながら、石造りの街の晩秋、車椅子に座っていると底冷えがして来る。移動はしていても、運動はしていない上に、地面に近い高さにいるのでとにかく冷える。夏ならば、地面に近い分とても暑いのではないだろうか? それから人混みは怖い。対向者が突然目の前に現れるのだ。これが日本であれば、きっと自転車が怖いに違いない(イタリアでは自転車は車道を走る)。

レッチェを離れる日に車を借りた。今まで何度かイタリアでレンタカーを利用しているが、いつもハーツで借りていたせいかワーゲンやヒュンダイなど外国車でちょっとがっかりしていた。今回はマッジョーレというイタリアの会社で、フィアットのバンタイプを借りた。ナビも着けてもらった。このナビは画面がiPhone程で、とても運転しながら見られるものではない。操作も日本とはかなり異なっていて、まずは郵便番号を入れる、次に道の名前、最後に番地である。便利な電話番号検索や建物名称検索などは無いのである。アグリトゥーリズモ(農家の宿)に泊まる時には、あまり役に立たなかった。田舎はひとつの番地当たりのエリアが広くて、近くに来ているけど分からないといった状況に度々なり、最後は少ない通行人を探して尋ねるというアナログな対応になっていた。
プーリア州には白くて美しい小さな街が沢山ある。オストゥーニ、マルティーナ・フランカ、アルベロベッロなど。その多くは丘の上にある街で坂道と階段だらけである。そして旧市街は車の進入規制がある。観光客にとっては歩きやすく、また迷路の様な道はどんどん分け入って探索したくなる魅力に溢れている。しかし、石畳の坂道や階段の多い街では車椅子の人は殆ど見かけなかった。介助する人の負担も大きく、乗っている方も快適とはいえない。また古い街は道幅が狭くて、歩道が無いことも多く、安全ではないからだろう。

人々はどこでも親切だった。駅で同じエレベーターに乗った人が途中までスーツケースを押してくれたり、列車で同じコーチに乗り合わせた人が荷物を置く場所を空けてくれたりと数え切れない。モンテ・サンタンジェロという大天使ミカエル信仰の大本山(仏のモン・サン・ミッシェルと同じ)の街へ行った時のこと。車椅子で進んだ道の先が工事中で石畳を掘り返していた。歩行者は道脇の30cmほどのところを歩くようにテープが貼ってある。私は少しならば歩けるからと言ったけれど、工事をしていた人々はショベルカーを移動して道を空けてくれ、通る時に穴に落ちないように両脇からサポートしてくれた。また、これはローマでの話。横断歩道を渡っていたら、左折して一旦通り過ぎたアウディがなぜかバックして来て横断歩道に駐車、我々は完全に行き先を塞がれた(横断歩道の前後もびっしり駐車されているので隙間を歩いてならばなんとか通れる。車中心のイタリアではよく見かける迷惑駐車)。そこへバイクのお姉さん(見た所30歳くらい、皮ジャンとサングラスでキマッテる!)が現れ、進路を塞がれて困っている我々を見て、アウディのおじさん(見た所60歳くらい)にもの凄い剣幕でまくし立て出した。幼稚園レベルイタリア語の私に聞き取れたのは「シニョーラ(女性の敬称)」2回のみ。雰囲気からの意訳で「車椅子のご婦人が困っているじゃあないの、このタコ!何してんの!! あんたなんかイタリアの恥よっ!早くご婦人に道を空けなさいっ!!」。それに対してアウディのオヤジ意訳「いや、駐車するところがなくて、こっちも困っているんだよ…ごにょごにょ…」。いつしか信号は変わりバイク女子の後に車が列を成し、そのドライバー達も窓を開けていつでも加勢するよお嬢さんといった感じで成り行きを見守っている。アウディは皆に押される恰好ですごすごと発進して道が開けた。急いで渡って振り返ると件のバイクのおねえさんは既に後姿。「せめてお名前を~」いやいや、せめて「Grazie」と一言云いたかった。

さらに、その同じ日の午後、通り雨に降られホテルに戻るべくタクシーを拾おうとしていた時のこと。急な雨に頭からレジ袋を被った年配の女性が「ここではタクシーは拾えないわよ」と教えてくれた。「ではどこで拾えるの?」と聞いたところ、「私も知らない」と云って、やおら道行くタクシーの窓をノックして運転手に最寄りのタクシー乗り場を聞いてくれた。田舎でも都会でも困っている人を見ると、すっと手を差し伸べてくれることに変わりはない。そしてイタリア人に感心するのは、こちらがイタリア語を解そうが解すまいがイタリア語でガンガン話しかけて来るのである。我々日本人もこれを見習って、困っている外国人観光客にどんどん日本語で話しかけていけば良いのだと思う。真心は伝わるものだから。

今回、車椅子で旅をしてみて、想像するだけでは分からないことが沢山あることが分かった。荷物の運搬に苦労すること、大変寒い(または暑い)こと、介助する人が腰や手首を痛めること、傘を差すのが困難であること、ホテルのレセプションカウンターは高い位置にあることが多く会話や筆記などに不便であること、朝のホテルの廊下は清掃や備品補充のカートが幅を利かせていて車椅子が通れないこと、タバコを吸う人のタバコを持つ手の位置が顔の高さで怖いこと(子供も同様だろう)、信号やビルの段差にスロープがあると助かること等々。不具合を直すためには行政や企業など大きなスケールで取り組んでいかなければならない。そうなると実現には時間もお金も掛かるだろう。しかし、時間もお金も掛けずにすぐ実行に移せることがある。親切だ。今回ほど人々のちょっとした手助けが身に沁みて有り難いと思ったことはない。優しい気持ちが何よりのUDに繋がると思う。Universal Design、私の意訳は U はうれしいU で、「嬉しい心配りのデザイン」である。

(記:平尾朋子)

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